今の仕事に就いたわけ その1 前職の退職まで
ブログを始めてはみたものの、なかなか更新できていない。
別に毎日更新すると決めたわけではないし、書きたいことがあるときだけ書いてもいいとは思っている。
まあ、家にPCがないのでスマホから投稿するか、ネットカフェにこもって投稿するかの2つになるわけだが、大体私が投稿するときは後者になると思う。
最近私の中でPCの需要も増しつつあるし、そろそろ買おうかとも考えている。
3年前に故障して以来ずっとスマホで何とかしてきたが、さすがに必要かもしれない。
さて本題である。
私は現在、個人の税理士の下で働いているが、それ以前は教師をしていた。
それには、「教師を辞めたわけ」と「将来的に税理士を目指そうと思ったわけ」の2通りがある。
それぞれの理由もいくつかあるのだが、改めて考えることも多々あったので記録していきたいと思う。
まず、「教師を辞めたわけ」である。
これにもいくつかあるが、1つずつ説明していこう。
1つ目は、「人の手本・見本になれるような器ではない」ことである。
日本の学校教育では、「人格の形成」が教育の目的とされている。
それを担う教師に良識や人徳が求められるのは当然だが、正直なところ私にそれが備わっているかといわれれば疑問符である。
むしろ、教師になってそういう要素が身につくかといわれれば、そうとは言い切れないのは皆さんうすうす感じていると思うが。
私は正直なところ、今の仕事についてもまだまだだらしないところもあるし、周囲に甘えがちなところも少なくない。
それに、たいした人生経験もない私はいわゆる「薄っぺらいやつ」であり、せいとからしてもそんなに魅力的には映らないだろう。
そんなこともいろいろ考えつつ、生徒の前に立てる器ではないなと日々思っていた。
2つ目は、「不規則な労働時間・環境」である。
ここ数年で世間の誤解は解けてきたが、学校での仕事は非常に長時間になりがちである。
部活動や分掌の仕事、そのついでに授業準備など、ほとんどの教師が勤務時間に終わらないどころか休日出勤が毎週当たり前である。
もちろん、民間企業や他の公務員と同じく始業・終業時間は決まっているが、ほとんど管理されていない。
というか、現在の状況では(少なくとも給与計算上は)教員の労働時間を管理する必要がないのである。
いわゆる「給特法(教職員給与特別措置法)」であるが、その内容を簡単にまとめると、(以下、下記記事から引用)
●時間外勤務手当は支給しない
●給与月額の4%の教職調整額として支給する
●校長が教員に時間外勤務を命じることができるのは、4項目かつ臨時・緊急時のみ(例えば、修学旅行や災害時)
である。
※引用元
時間外勤務手当相当が一定のため、いくら長時間勤務になろうともそれを管理する立場の人がいないのである。
若いうちはそれでも体力の続く限り何とかなるが、これを定年まで何十年も続けられる自信はない。
いずれどこかで倒れるか、精神面がやられて休職からの退職になっていただろう。
まあ、今の仕事でも2月~3月の繁忙期(個人の確定申告の時期)はかなりの長時間勤務になるのだが、それが1年間続く教師よりはまだよい。
学校教育という沈み行く泥舟も、最近は何とか修理や補強が進んで何とか航行を続けているが、私はそこから早いうちに避難した。
これがよかったのか、もう少しとどまるべきだったのかは今はわからない。
ただ、避難した後で言えるのは、避難した先でうまくやっていくことに全力を注ぐ、それだけである。
「将来的に税理士を目指そうと思ったわけ」はまた別の機会に。